「課題と危機感」
首都圏という巨大な消費地に立つ強みを持つ神奈川県の農業。温暖な気候の中、多様な農畜産物を生産しています。
一方で生産者の高齢化や後継者不足は深刻な問題となっており、採算割れを理由に農家数は減少傾向にありました。また、都市農業ゆえにまとまった農地が少なく、小規模農家が多いという現状があります。さらに都市部ならではの事情として地価の値上がりを期待する心理が働き、なるべく土地を手放したくないという気持ちを持つ人もおり、集約化がなかなか進まない現状もあると感じていました。
このように神奈川県の農業者の抱える課題は多様化する一方でした。
「お金の話なら融資のご相談となりますが、農業者の悩みはそれだけではありません。個々の課題に寄り添った提案が求められています。」(栗原)
こうした現状を鑑み神奈川県信連では2019年より「農業経営コンサルティング」※に取り組んできました。
※「農業経営コンサルティング」: 財務分析(定量評価)や経営者ヒアリング(定性評価)を通じて、農業者の経営課題を可視化し、解決策を提案・支援する。
一方で地方銀行や信用金庫といった地域金融機関が新たな市場を開拓すべく、農業者への経営相談や経営コンサルティング機能の提供に力を入れるようになってきました。例えば、「農家レストランを経営してはどうか」と農業者へ提案する地域金融機関が現れ始めました。
JAグループにとって農業は他業態に譲ることのできない絶対的領域です。持続可能な神奈川農業とJA事業基盤の維持は一体の関係であり、危機意識をもう一段高く持って取り組むことが必要だと考えました。
このような流れの中、神奈川県信連の農業経営コンサルティング力をさらに磨いていくべく、「アグリコンサル班」設立を目指すプロジェクトが2022年春に立ち上げられました。
(「アグリコンサル」は、農業(agriculture)とコンサルティングを組み合わせた造語「アグリコンサルティング」の略称です。)
「心に届いた想い」
「アグリコンサル班」設立の準備のため、栗原は2022年10月から翌2023年3月まで農林中央金庫に出向。「農業経営コンサルティング」の手法 を学びました。
「コンサルティング業務の経験がなかったので、プロジェクトに選任されたときは、果たして自分にできるだろうかという不安がありました。自分にとっては大きなチャレンジでした。」(栗原)
6か月の出向中、栗原は農林中央金庫の担当者とともに 全国に飛び、各地域のJA担当者を支援する形で農業者への面談等のコンサルティング活動に従事しました。それにつれて栗原は、「アグリコンサル班」設立へのモチベーションが高まっていくことを実感しました。
一方、栗原とともに「アグリコンサル班」設立プロジェクトのメンバーである杉浦は、プロジェクト立ち上げの準備が進む期間、育児休業を6か月取得していました。
そして、育休からの復職と同時に杉浦も「アグリコンサル班」設立プロジェクトに選任されることに。杉浦はコンサルティングスキル向上を目的に、会内の外部派遣研修制度を活用し、外部の日本生産性本部の研修を受け、コンサルティングスキルを学びました。
以前の班で担当した農業融資経験を活かしながら、コンサルティング担当者として 農業の現場に赴き、農業者と面談を重ね、仕入れや生産管理、販売など、農業経営について現場で幅広い知識を吸収していきました。
「今でも覚えているのは、ある農業者から“これこそが農業所得を増大させる施策だ。これをやってほしかったんだ。”と言っていただいたことです。我々のやっていることは間違いない、ちゃんと農業者の心に届いているんだ、と確信できる嬉しい言葉でした。」(杉浦)
「確かな手応えと共感」
2023年4月、農業者の現状把握、経営課題の見える化、課題に対するソリューション提供を実施する農業経営コンサルティングを実践する専担チームとして「アグリコンサル班」が立ち上がりました。
メンバーは農林中央金庫への出向から帰任したばかりの栗原と杉浦、そして担当者1名(日本生産性本部研修の受講者 )の計3名。
「文字通り、手探りでのスタートでした。神奈川県信連内でも知らない人は多かったのではないでしょうか。まずはスモールスタートで、できることから進めようと考えました。」(栗原)
農業者へのコンサルティングは県内12のJAと二人三脚で行われます。プロジェクトメンバーは各JAに取組意義を説明し、会議で合意形成を図り、声をかけるところから始めました。同時にJA職員向けに「融資実践コース」「農業経営コンサルコース」という3~6か月間の研修を設定。まずは3人のJA職員を受け入れて研修を行いました。このJA職員は、帰任先の各JAにおいて「アグリコンサルティング業務」の重要性・必要性を周囲にアピールしてくれる存在ともなりました。
初年度の2023年の目標は、12JAの12の農業者に対してコンサルティングを実施すること。
「研修を受けたJA職員がこの試みを非常に高く評価してくれ、複数の農業者へのコンサルティングに取り組んでくれました。」(栗原)
それによって実施先は目標を超える15農業者となりました。スモールスタートとしては十分すぎるほどの成果です。
「JAと信連で役割分担を決め、その農業者の就農経緯や大切にしていること、生産品目やビジネスモデル、どんな経営課題がありそうかをメンバーでディスカッションした後、資料を用意してコンサルティングに臨みます。これを約3か月、4回の面談として行いました。」(杉浦)
「農業者やJAとともに」
「一方的な提案ではなく、表面化した課題に対しては農業者の考えを尊重して実現可能性の高い解決方法を提案しています。」(栗原)
新たな取組みということで、実際の農業者の反応は様々でした。
「でも、2回3回と面談を重ねていくうちに、農業者も熱くなってきて、本気で向き合ってくれるようになるのです。我々の想いが伝わったと感じられる瞬間は、本当に嬉しかったです。」(杉浦)
大きな手応えを得た「アグリコンサル班」。2024年にはコンサルティングの品質向上を目的に県内有力農業者に協力を依頼し、アグリコンサルアドバイザーとして農業経営者目線でのアドバイスを受けることを始めました。実績は12JAの17農業者へと伸びました。
また、JAからの研修の受け入れも継続。
「なんと、営農部門の職員が研修を受けに来てくれたのです。神奈川県信連の研修を受けるのは金融業務の担当者であるため、営農部門の職員の受講は初めてでした。」(栗原)
「アグリコンサル班」は次第に様々な人を巻き込むようになりました。
「そして定着へ」
地域金融機関からJAグループの絶対的領域である“農業”を守らなければならないという危機感からスタートした「アグリコンサル班」。
「実施してみたことで、これはイベントのような一過性の取組みではなく、JAグループの本来業務として長期的に取り組んでいくべきだとの手応えを得ました。一方で経営資源が限られたなかで、一気に取組みを拡大させることも現実的ではありません。体制整備、人材育成が今後の課題だと考えています。」(栗原)
そうした狙いのもと、2025年度から研修を受けたJA職員をコンサルタントという専任担当者として出向を受け入れ、「アグリコンサル班」のメンバーと経験や知見を共有する場を設定。そこで得たものを各JAで展開していただくという取組みもスタートさせました。
「神奈川県信連としては、アグリコンサルティングを県域全体として持続可能な取組みにしたいとの思いがあります。」(栗原)
結果として、時間はかかってもアグリコンサルティングの手法が定着し、農業者の所得増大、リレーション構築・強化、持続性のある農業経営の実現に結びついていけばとの期待が込められています。
この経験を通じて2人が得たものを尋ねると、次のような言葉が返ってきました。
「最初は苦労しましたが、取組みを通じて経営者視点を意識できるようになりました。労働生産性や仕入・生産・販売の各戦略、人事・労務管理といった視点です。それは神奈川県信連自体を理解する上でも非常に有効だと感じています。」(杉浦)
「論理立ててストーリーを考える力が身についたと感じています。現状を把握する中から課題を見つけ出し、理想とのギャップを埋めるための取組みを構築するスキルは、あらゆる業務において活きる力ではないでしょうか。」(栗原)
神奈川県の農業者が抱える課題の解決に貢献し、農業所得増大に向けて後押ししていく「アグリコンサル班」。その取組みは、神奈川県信連のこれからを担っていく人材を輩出することにもつながっています。